二代目のクリスチャンとして、教会生活に囲まれながら成長した私は、実は自分の救い主イエス様の事をあまりにも知らなかったとある時悟ったのです。もっと知りたい気持ちを持ちながらも何もしないでそのまま過ごしていました。
神様の恵みで、2011年2月に、初めてツアーに参加して、イスラエルへ行きました。
始めは、クリスチャンなら一度は聖地を見に行くべき、という軽い気持ちでしたが、
しかし、この土地と繋がってから、ここで、自分の信仰のルーツを見つけられると何故か感じました。
ですから、この旅が全ての始まりと言っても過言ではないような気がします。
私が救い主として信じてるイエスYeshuaは、ユダヤ人のメシアです。
(なのに、どうして今まで、この国イスラエルとこの民族に関心を持たなかったのだろう‼︎ どうして教会の中でもあまり教えないのだろうと思いました。)
メシア・イエスはユダヤ人としてベツレヘムで生まれ、ナザレで育てられました。
彼が地上に生きている間、旧約聖書の内容、教えと切り離された新しい宗教をつくられたのでしょうか? (イエス様が読んでいたのは旧約聖書のみ、その時代は旧約聖書しかない) いいえ‼︎ むしろ守るように教えていました‼︎
つまり、彼はモーセ五書の教え、律法などを守りながら、ユダヤ人の社会で成長し、やがてラビとなり、弟子を教え、聖書の中にあるメシアについての予言を全て成就した後、ユダヤ人のままで生涯を終えました。
イエス様をメシアだと信じないユダヤ人は、今ではユダヤ教徒と呼ばれています。
彼らは旧約聖書しか読まないし、まだメシアを待っています。
しかし、私達と同じように、イエス様は救い主、メシアだと信じてるユダヤ人もたくさんいます。彼らはメシア信者と呼ばれています。では私達は⁇
エペソ2:12-16
またその当時は、キリストを知らず、イスラエルの国籍がなく、約束されたいろいろの契約に縁がなく、この世の中で希望もなく神もない者であった。
ところが、あなたがたは、このように以前は遠く離れていたが、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血によって近いものとなったのである。
キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、
数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、
十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。 (口語訳)
キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、
数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、
十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。 (口語訳)
イエス様を通して救われた私達は、この信仰に入っていたのです!
私達のルーツはヘブライにあるはずです。 私達もメシア信者です!
野生のオリーブである私達がオリーブにつがれ、オリーブの根の豊かな養分にあずかっている……私達が根をささえているのではなく、根が私達をささえているのである。
(ローマ11:17-18)
もし、私達とイスラエルの兄弟達と同じ根の養分にあずかっているのならば、彼らに与えられた、子の身分、栄光、もろもろの契約、律法をも、礼拝も、数々の約束も私達はあずかっているはずです 。 (ローマ9:4)
これを知った時、今まで歴史とみていた旧約聖書が活きてきて、中に書かれている神様とイスラエル人のやりとりをもっと読みたい気持でいっぱいになりました。
(イエス: 原文ヘブライ語はYeshua、その意味は" 主は救い "です)
(メシア: ヘブライ語で油を注がれた方、救い主の意味で、ギリシャ語で書かれた新約聖書ではキリストと書かれています。)

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