2014年12月15日月曜日
ハヌカー光の祭典ー世の光であるYeshuaを覚えて
ハヌカーー新約聖書の中でイエス様も祝った祭り
北風ビュービュー吹くこの季節に、心暖まるハヌカの話しでもしましょう!
Hanukkh またはChannkah の意味は「奉献」、信仰による勝利、奇蹟を表し、
光の祭りまたは宮きよめの祭りです。ユダヤ人にとって、とても意味深い祭りであって、ヘブライ暦のキスレーウの月の25日から8日8晩通して祝うのです。
今年2014は12/16の夕方から始まります。
そのころ、エルサレムで、宮きよめの祭りがあった。
時は冬であった。イエスは、宮の中で、ソロモンの廊を歩いておられた。
ヨハネ10:22-23
ハヌカの由来:
紀元前2世紀の頃、ユダヤ人はシリアの王たちの支配下にありました。この時、セレウコス王アンティオコス4世がエルサレムの神殿を占領して、安息日、割礼、神への捧げ物、御ことば(Torah)の学びなどを一切禁止しました。ユダヤ人は自分の信仰を捨てて、ギリシャの神ゼウスなどに拝むよう強制されていました。命令に従わないと死刑となり、それによって、命を奪われる人はたくさんいたのです。それだけではなく、神殿の祭壇に神様が汚れた物だとしている豚をゼウスへの捧げ物として置き、その血で神殿と御ことばが書かれた巻物を汚しました。
激しい迫害の結果、ユダ・マカバイが信仰のために立ち上がり、戦士団を結成して、アンティオコスに抵抗をしていました。彼らは三年間戦った末、やっと敵の支配から自由になりました。実に神様の助けによる奇蹟的な勝利です。
神殿を取り戻した後、マカバイたちは偶像を一掃し、清めて、神様に再び捧げようとしていたのです。時はBC165年キスレーウ月の25日。
彼らが燭台に灯りをつける時、( 神殿の燭台の火は神様のご臨在の象徴であって、常に点灯するように命じられていた) 燭台用の汚されてないオイルが十分ではなかった事に気付き、そして、新しいオイルが出来上がるまで、一週間もかかるのだそうです。
そんな中、奇蹟が起こり、残ったオイルでつけた炎は、何と新しいオイルが出来上がるまでの8日間も燃え続けたのです。
この戦いの勝利と奇蹟を記念することでハヌカを祝うようになりました。
マカバイの出来事以外にも、歴史の中でイスラエル民族は何度も滅ぼされる危機にあっていました。
出エジプト記の中にパロが男の赤ん坊を殺すと命じていました。
エステルの時もハマンがイスラエル民族をことごとく滅ぼそうと図り、
イエス様が生まれた時は、ヘロデ王は二歳以下の男の子を探し出しては殺していました。
聖書以外にも一般的に知られている十字軍東方への侵攻と第二次世界大戦中のナチス・ドイツがユダヤ人に対して組織的に行った大量虐殺などがありました。
一見、これらは反ユダヤ主義のように見えるけれど、実はサタンが神様の救いの計画が成就出来ないように人の手を通して悪い働きをしているのです。
イスラエル民族が滅ぼされたら、救い主が予言された通りにユダ部族から生まれて来ることも、末日についての予言も成就出来なくなります。しかし、神様は約束された事をまもられ、成し遂げられるので、予言を必ず実現させます。私達はただ御心通りに祈れば良いのです。
ハヌカを祝うこの季節に、灯りを灯しながら、もう一度Yeshuaイエス様は世の光で、私たちのからだは聖霊の宮である事を覚えて、イエス様の光に照らして頂き、この世から自分をきよめ、分別して、もう一度神様に捧げたいと思います。
この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。ヨハネ1:4
あなたがたのからだは、あなたがたのうちにすまれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、しらないのですか。
あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから、自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。 第一コリント6:19-20
2014年12月10日水曜日
出身の謎
息子が小さかった頃、よく一緒にトイ ストーリーのDVDを見ていた。
大好きなストーリーなので、所々のセリフが同時に言えるほど、本当に何度も何度も飽きずに繰り返し見ていた。
中でもバズライトイヤーの「無限の彼方へ さあ行くぞー」が特に印象的だった!
バズは自分が台湾製のオモチャだと知らず、自分が本物のスペースレンジャーだとずっと信じてた。主人公のカウボーイウッディに、「あなたはただの オ モ チャ 」と言われても否定している。
そして、第2話では、自分のお父さんはあの宇宙征服を企む悪帝王ザーグだと判明するなど、もっと衝撃的な真実が明らかになりました。
見てる側は、このバズライトイヤーは自分を本当に知らなかったのだなと思いました。
ところで、私達も自分の出身の事実を知ってますか?
イエス様を信じて救われた私達は、地上ででは人種も肌色も国籍もそれぞれ違います、
しかし御国の国民となった私達は神様の本の中では『シオン生まれ』と登録されています。
詩篇87:1〜7
主は聖なる山に基を置かれる。
主は、ヤコブのすべての住まいにまさって、シオンのもろもろの門を愛される。
神の都よ。あなたについては、すばらしい事が語られている。
「わたしはラハブとバビロンをわたしを知っている者の数にいれよう。
見よ。ペリシテとツロ、それにクシュもともに。
これらをもここで生まれた者として。」
しかし、シオンについては、こう言われる。「だれもかれもが、ここで生まれた」と。
こうして、いと高き方ご自身がシオンを堅くお建てになる。
主が国々の民を登録されるとき、「この民はここで生まれた」としるされる。
踊りながら歌う者は、「私の泉はことごとく、あなたにある」と言おう。
この87篇には幾つかの国が挙げられています。
◎ラハブとはイスラエル人を苦役で苦しめていたエジプトの事です。
◎バビロンはイスラエルを侵略し、民たちを捕虜として連れて行きました。
◎ペリシテ人は鉄器をもち、好戦的でイスラエルを圧迫した主要な敵です。
◎ツロは海洋国家としての商船取引で繁栄しました。
エルサレム神殿の建築資材としてレバノン杉をソロモンに供給しました。一方で、そ
の繁栄故に高慢になっていました。
◎クシュは今のエチオピアです。
神様は、たとえ、敵国の中でも、肌色の違う人種の中でも、神を知って、信じて、神と契約を結んだ人は、神の本にはシオン生まれと書かれています‼︎
彼らの故郷は何処でもなく、シオンだと登録しています。
神様はシオンーーエルサレムについてこのようにおしゃってます:
ここを自分のすみかにしようと望んでいて、ここは自分の名を永遠に置くために選んだ町です。 詩篇132:13 135:21 第一歴代誌23:25 第二歴代誌33:4
ここからみおしえが出る、主のことばが出ます。
万軍の主がシオンの山、エルサレムで王となります。
イザア2:3 24:23
神はシオンに帰り、エルサレムのただ中に住もう。エルサレムは真実の町と呼ばれ、万軍の主の山は聖なる山と呼ばれよう。 ゼカリア8:3
シオンーエルサレムは神様にとって、世界のどこよりも重要で特別な場所です。
そして、神様は 私達はシオン生まれだと言っています。だから私達とイスラエルは本当に切っても切られない関係ですね。
ここまで書いたら、なぜか故郷のシオン、エルサレムが恋しくなって、帰りたくなりました。
次の仮庵の祭りに、王の王、主の主に会うため、一緒にエルサレムに上りませんか?
時を越えて、イエス様が歩かれた街を是非訪ねて歩いてみて下さい!
エルサレムの平和のために祈れ。おまえを愛する人々が栄えるように。
おまえの城壁のうちには、平和があるように。おまえの宮殿のうちには、繁栄があるように。詩篇122:6-7
2014年12月3日水曜日
One New Man, One Olive Tree.
二代目のクリスチャンとして、教会生活に囲まれながら成長した私は、実は自分の救い主イエス様の事をあまりにも知らなかったとある時悟ったのです。もっと知りたい気持ちを持ちながらも何もしないでそのまま過ごしていました。
神様の恵みで、2011年2月に、初めてツアーに参加して、イスラエルへ行きました。
始めは、クリスチャンなら一度は聖地を見に行くべき、という軽い気持ちでしたが、
しかし、この土地と繋がってから、ここで、自分の信仰のルーツを見つけられると何故か感じました。
ですから、この旅が全ての始まりと言っても過言ではないような気がします。
私が救い主として信じてるイエスYeshuaは、ユダヤ人のメシアです。
(なのに、どうして今まで、この国イスラエルとこの民族に関心を持たなかったのだろう‼︎ どうして教会の中でもあまり教えないのだろうと思いました。)
メシア・イエスはユダヤ人としてベツレヘムで生まれ、ナザレで育てられました。
彼が地上に生きている間、旧約聖書の内容、教えと切り離された新しい宗教をつくられたのでしょうか? (イエス様が読んでいたのは旧約聖書のみ、その時代は旧約聖書しかない) いいえ‼︎ むしろ守るように教えていました‼︎
つまり、彼はモーセ五書の教え、律法などを守りながら、ユダヤ人の社会で成長し、やがてラビとなり、弟子を教え、聖書の中にあるメシアについての予言を全て成就した後、ユダヤ人のままで生涯を終えました。
イエス様をメシアだと信じないユダヤ人は、今ではユダヤ教徒と呼ばれています。
彼らは旧約聖書しか読まないし、まだメシアを待っています。
しかし、私達と同じように、イエス様は救い主、メシアだと信じてるユダヤ人もたくさんいます。彼らはメシア信者と呼ばれています。では私達は⁇
エペソ2:12-16
またその当時は、キリストを知らず、イスラエルの国籍がなく、約束されたいろいろの契約に縁がなく、この世の中で希望もなく神もない者であった。
ところが、あなたがたは、このように以前は遠く離れていたが、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血によって近いものとなったのである。
キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、
数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、
十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。 (口語訳)
キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、
数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、
十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。 (口語訳)
イエス様を通して救われた私達は、この信仰に入っていたのです!
私達のルーツはヘブライにあるはずです。 私達もメシア信者です!
野生のオリーブである私達がオリーブにつがれ、オリーブの根の豊かな養分にあずかっている……私達が根をささえているのではなく、根が私達をささえているのである。
(ローマ11:17-18)
もし、私達とイスラエルの兄弟達と同じ根の養分にあずかっているのならば、彼らに与えられた、子の身分、栄光、もろもろの契約、律法をも、礼拝も、数々の約束も私達はあずかっているはずです 。 (ローマ9:4)
これを知った時、今まで歴史とみていた旧約聖書が活きてきて、中に書かれている神様とイスラエル人のやりとりをもっと読みたい気持でいっぱいになりました。
(イエス: 原文ヘブライ語はYeshua、その意味は" 主は救い "です)
(メシア: ヘブライ語で油を注がれた方、救い主の意味で、ギリシャ語で書かれた新約聖書ではキリストと書かれています。)
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