2015年2月18日水曜日

神様が唯一名付けた日 “ 安息日 ”


何十年も前の事ですが、大学で勉強をするために日本に来た時、日本の文化、習慣が自分の国との違いがたくさんあったので、衝撃を受けたのを今でも覚えています。

確かに、どんな小さな国でも、国自身の歴史、言葉、信仰、風習、法律、カレンダーがあります。私たちは外国へ出かけるとその違いをいっそう実感出来ます。

初めてエルサレムに行った時、住民達が「安息日」を過ごすために、金曜日の夕方から、街全体が休みに入るのがとても印象的でした。( 店は商売をやめてシャッターを降ろし、電車も走らなくなり、街中、人がいなくなる…)
まるで、三国志の空城の計のワンシーンのようです‼︎
これは台北や東京では絶対に見られない光景です。

安息日を守るのは実は聖書の教えであって、十の戒めの中の一つです。
(けれども安息日はモーセが律法を受けたシナイ山で始めたのではなく、天地創造の時から設立されたのです。)
しかし、不思議に、今では、ほとんどのクリスチャンは、この4番目の戒めを守らないのです‼︎ 
厳しく言えば、これは罪にあたる事です‼︎
守らなくなったその訳を調べてみた結果、何と、四世紀までの教会はまだ安息日とエホバ神の例祭(レビ記23章)を守っていたのです、しかし、ローマのコンスタンチン王の法令によって禁止され、その後、教会は代わりに、聖書と関係の無い祭り(イースター、クリスマス) を始めたのです。

聖書の中で神様はこの安息日は“わたしの”、つまり“神様の"日とおしゃっています、しかも永久に守るべき定めであると書かれています。特定な人種にしか与えてない日でもなければ、一時的な事でもないですから、ユダヤ人も神様と契約を結んだ異邦人も同じように永久に守るべきだと思います。

イエス様を通して救われた私たちは、神の子となり、神の国に入る事が許されました。
皇室の一員になるのには皇室のマナー、礼儀と作法を学ばないといけないのと同じように、神の国に入る私たちも神様が定めた御国のカレンダーに従い、神の言葉と法則を学ばないといけないのではないでしょうか?

聖書から、神様は安息日をどのように見ているのかを調べてみました。

※神様はこの日を祝福しました。 創2:3 出20:11
※七日目は仕事を休み、安息日を覚えると命じました。 出20:8-11
※神様が民を聖別したしるしとして、安息日を守るように命じました。出31:13 エゼキエル 19-20
※安息日は神様によって与えられました。エゼキエル20:12
※安息日を永遠の契約として、代々守るべきである。 出31:16
※神様はこの日を“わたしの安息日"と言っています。レビ記19:3,30
※新しい天と新しい地になっても安息日は守られます。 イザヤ66:22-23

私たちは記念し、守るように命じられていたのは、安息日の他にも、新月と神の七つの例祭など、神様が定めた祭りがあります。
これは神のカレンダーであって、神の周期です。
しかも、それぞれがイエス様と関連します。これらの日を覚え、守る事を通して、神様は私たちをもっと近くに引き寄せ、私たちに祝福を与えようとしています。
神様にはすべての事について季節があり、すべてのわざには時があります。

ある人はこう言うかも知れません: 神に礼拝するのは、心から霊とまこととをもってであれば、いつだっていいじゃないか?

しかし、聖書によりますと、神様は私たちと会うために特別に指定した日があります、それが安息日です。
安息日にはすべての重荷を降ろして、神様近づきましょう!
天地万物の創造主がこの特別な日に私たちに恵を施されるために待っています‼︎